医療機関が今すぐ見直すべきリスクマネジメントとは?安全対策と事例を解説
医療リスクマネジメントとは?
医療リスクマネジメントとは、医療現場で起こりうる事故やトラブル(ヒヤリ・ハットやインシデント)を未然に防ぎ、患者さんと医療従事者の安全を確保するための管理活動です。
具体的には、リスクの特定・分析・対策・評価・改善といったプロセスを通じて、安全で信頼性の高い医療提供体制を整えることを目的としています。医療リスクマネジメントは、すべての医療機関に対して継続的に求められる重要な取り組みです。
近年では、厚生労働省や医療安全支援センターがガイドラインを提示し、制度的な整備も進められています。
医療リスクマネジメントの目的
医療リスクマネジメントの目的は、医療現場で発生しうる事故やミスを未然に防ぎ、患者さんの安全と医療の質を確保することです。単なるトラブルの回避にとどまらず、リスクの早期発見と再発防止、被害の最小化を図るための組織的な体制づくりが求められています。
また、職員一人ひとりの安全意識を高めるとともに、信頼性の高い医療提供体制を構築することも重要です。こうした取り組みは、医療機関の社会的信頼を支えるだけでなく、経営の安定にも直結する重要な役割を果たしています。
| 【医療リスクマネジメントの目的】 | |
|---|---|
| 患者さんの安全確保 | 医療事故やヒヤリ・ハットを未然に防ぎ、 患者さんにとって安全な医療を提供する |
| 医療の質の向上 | 業務手順や職員の意識を見直すことで、 継続的に医療サービスの質を高める |
| 医療従事者の負担軽減と安全確保 | 現場での不安やストレスを軽減し、安全な職場環境を整える |
| 医療機関への信頼性の向上 | 透明性のある対応や再発防止策を通じて、 地域や患者さんからの信頼を得る |
| 経営リスクの最小化 | 訴訟や行政指導などのリスクを回避し、医療機関としての安定経営を支える |
医療機関が重要視すべきリスクマネジメント
| リスクの種類 | 定義 |
|---|---|
| ビジネスリスク | 医療サービスの提供や運営において発生する可能性のあるリスク |
| ファイナンシャルリスク | 経営資金の不足や収支の悪化など、財務面での損失につながるリスク |
ビジネスリスクは医療機関の運営全般に関わる問題で、医療事故、医療紛争などが含まれます。一方、ファイナンシャルリスクは経営資金や収益に関する財務面のリスクを指すことが一般的です。両者は密接に関係しており、適切な管理が医療機関の安定経営に欠かせません。
ビジネスリスク
| ①人的要因 | 知識・技術の未熟、ヒューマンエラーなど |
|---|---|
| ②施設要因 | 診療体制の限界、病室・対応力の不足 |
| ③設備的要因 | 機器の老朽化、最新技術の導入遅れ |
| ④組織的要因 | 情報共有不足、事故対策体制の未整備 |
| ⑤環境的要因 | スタッフ不足、院内環境の不備(温度・動線など) |
医療機関にとってのビジネスリスクとは、日々の業務を行ううえで起こりうるさまざまな外的・内的リスクを指します。たとえば、診療報酬の改定や制度変更、地域の人口減少、競合クリニックの増加といった外部環境の変化などです。そのほか、スタッフの急な退職や人材不足、設備トラブル、感染症の流行による患者数の減少などが挙げられます。
安定した医療経営には、これらのリスクを早期に把握し、柔軟に対応できる体制づくりが欠かせません。
ファイナンシャルリスク
ファイナンシャルリスクとは、医療機関の財務状況や経営の存続に関わるリスクを指します。たとえば、診療報酬の改定による収入減少、設備投資や人件費の増加、予期せぬ患者数の減少などが挙げられます。さらに、コロナ禍のような外的要因による収入低下や、キャッシュフローの悪化に伴う資金繰りの問題も重大なリスクです。
これらを回避するには、定期的な収支の見直しや費用対効果を意識した運営、リスクに備えた資金計画の策定が欠かせません。安定した経営基盤の構築は、医療提供の継続性と信頼確保につながります。
医療機関に潜むリスクと発生原因とその対策
医療機関において、まずはどのようなリスクがあるのかを見ていきましょう。以下は、公益財団法人 日本医療機能評価機構が発表した、2023年に事例情報報告参加医療機関からの報告された「ヒヤリ・ハット事例」の概要と件数です。具体的なリスクと原因、その対策についても解説します。
【ヒヤリ・ハット事例の概要と件数】| 事例の概要 | 件数 |
|---|---|
| 薬剤 | 10,481 |
| 療養上の世話 | 6,124 |
| ドレーン・チューブ | 3,810 |
| 検査 | 2,369 |
| 医療機器等 | 11,157 |
| 治療・処置 | 1,147 |
| 輸血 | 119 |
| その他 | 3,668 |
| 合計 | 28,875 |
参考:公益財団法人「日本医療機能評価機構」(医療事故情報収集等事業2023年年報)
薬剤の医療リスク
| 医療リスク | 要因 |
|---|---|
| 薬剤の取り間違え | 薬品名やパッケージの類似、保管場所の不備、確認作業の不徹底など |
| 投与量の誤り | 処方ミス、体重換算ミス、ダブルチェック不足、指示内容の誤解など |
| 有効期限切れの薬剤の使用 | 在庫管理の不備や期限確認の怠り、廃棄ルールの不徹底など |
| 薬剤情報の共有不足 | 電子カルテや記録の記載漏れ、引き継ぎ時の口頭伝達ミスなど |
| ヒューマンエラー | 業務の多忙や疲労、注意力の低下、経験不足、確認作業の省略など |
医療現場において、もっとも件数の多い医療リスクが「薬剤」です。日本医療機能評価機構の資料によれば、2023年度の報告件数は10,481件と、療養や検査、医療機器関連の事例を大きく上回っています。
こうしたリスクを防ぐには、システムと人の両面からの対策が欠かせません。基本的な対策として、ダブルチェックの徹底が有効的です。
ただし、ダブルチェックを導入すれば、その分業務負担も増加するため、かえってミスを招く可能性もあります。業務の見直しや外部の専門家への相談によって、現場のオペレーションをシンプルに保つことも重要です。
・ダブルチェックの徹底
・バーコード管理の導入
・医薬品管理の標準化
・シンプルなオペレーションの導入
療養行為(療養上の世話)の医療リスク
| 医療リスク | 要因 |
|---|---|
| 食事介助中の誤嚥 | 患者さんの嚥下機能への理解不足、介助スピードの早さ、食形態の不適合など |
| ベッドからの転倒・転落 | 柵の設置不備、離床センサーの未使用、患者さんの状態把握不足や見守り体制の不十分さなど |
| 清拭・移乗時の体位変換ミス | 介助手順の確認不足、人手不足、動作の焦りや連携ミスなど |
| 排泄介助中の対応遅延や失敗 | スタッフ間の情報共有不足、ナースコール対応の遅れ、患者さんの状態の見極め不足など |
| ナースコールや指示の聞き取り漏れ | 周囲の騒音、確認不足、記録や伝達の不徹底、注意力の低下など |
療養行為は患者さんとの接触機会が多いため、転倒や誤嚥などの事故リスクが常に伴います。とくに、高齢者や認知症の患者さんにおいては、些細なケアミスが重大な事故につながる可能性が高く、慎重に対応しなければなりません。
これらのリスクを防ぐには、ヒヤリ・ハット事例の定期的な共有や、現場スタッフへの継続的な研修が必要です。チーム全体でリスク感度を高めることが求められます。
・介助動作ごとの手順書整備
・ベッド柵・センサー類の活用
・スタッフ間の情報共有体制の強化
ドレーン・チューブの医療リスク
| 医療リスク | 要因 |
|---|---|
| 誤接続 | チューブや器具の形状・接続部の類似、識別表示の不備、確認不足によるミスなど |
| 固定ミス | 固定用テープや器具の不適切な使用、確認の甘さ、技術の習熟度不足など |
| 閉塞・逆流の見落とし | 流量や圧の変化への注意不足、モニタリング体制の不備、点検漏れなど |
| 管の取り違え | 複数の管が並行して使用される場面での管理不徹底、識別表示の不備など |
| 感染リスクの増大 | 手指衛生の不徹底、使い回しや消毒不足、清潔操作の不遵守など |
ドレーンやチューブ類は、患者さんの処置や生命維持に不可欠な医療器具であり、取り扱いを誤ると重大な医療事故につながるリスクがあります。とくに、接続や管理の不備は、誤薬や感染、患者さんの急変を引き起こす恐れがあるため注意が必要です。
安全に使用するためには、器具の種類や接続経路を正確に確認し、記録や情報共有を徹底しましょう。
・接続状況の定期確認のルール化
・チーム間での申し送りとダブルチェック体制の強化
・シンプルなオペレーションの導入
検査・医療機器の医療リスク
| 医療リスク | 要因 |
|---|---|
| 検査データの取り違え | ラベル貼付ミス、患者確認の不徹底、検体管理の混乱など |
| 検査結果の見落とし | 結果確認の遅れ、報告漏れ、電子カルテ内での情報整理不足など |
| 検査機器の操作ミス | 取扱説明の不理解、経験不足、確認手順の省略など |
| 医療機器の故障・不具合 | 点検や保守の不備、老朽化、使用環境の問題など |
| 設定エラー | 機器設定の入力ミス、確認不足、複数の機器使用時の混同など |
検査の実施や医療機器の使用においては、操作ミスやデータの見落としが医療事故に直結する恐れがあります。中でも、患者さんの識別不備や検査結果の共有漏れは、誤診や治療の遅れなどの重大な問題を引き起こす可能性があるため要注意です。
こうしたリスクを防ぐためには、日々の業務において確認プロセスを標準化し、ヒューマンエラーを最小限に抑える仕組みづくりが求められます。
・検査前後のダブルチェック体制の徹底
・医療機器の定期点検と操作研修の実施
・検査結果の確認・記録ルールの明文化
・シンプルなオペレーションの導入
治療・処置の医療リスク
| 医療リスク | 要因 |
|---|---|
| 手順の実施漏れ | マニュアルの未確認、業務の多忙化、チェックリストの運用不備など |
| 治療内容の取り違え | 患者確認の不足、記録の不備、口頭指示の曖昧さなど |
| 医療スタッフ間の連携不備 | 情報共有不足、引き継ぎ時のコミュニケーションエラー、役割分担の不明確さなど |
| 緊急時の判断の遅れ | 対応マニュアルの未整備、経験不足、役割分担の混乱など |
| 器具や材料の準備ミス | 確認作業の省略、在庫管理の不徹底、事前準備の手順不備など |
治療や処置の現場では、手順の漏れや判断ミスが重大な医療事故につながります。とくに、医師や看護師間での指示の誤解、連携不足により、患者さんに対する誤処置が発生するケースもあるため注意が必要です。
こうしたリスクを軽減するためには、記録や指示の正確な確認、業務の適切な分担と情報共有を徹底しましょう。
・マニュアルの整備と定期確認
・指示内容の復唱、ダブルチェックの徹底
・チーム内での定期的なカンファレンスや情報共有の強化
・シンプルなオペレーションの導入
医療事故を防ぐために経営者ができる5つの実践法
経営者として、医療事故を防ぐためにできることがあります。ここでは、5つの実践法をご紹介します。
マニュアルの作成
マニュアルの作成は、医療従事者の行動を標準化し、院内全体で統一した対応を図るために欠かせない取り組みです。まずは日常業務や緊急対応などについて、各々のやるべきことが明確になるように内容を整理・整備しましょう。
また、現場の声を反映しながら定期的に見直しを行う必要もあります。明瞭かつ実践可能なマニュアルを維持することで、医療安全と業務効率の向上につながります。
なお、医療機関が適切な医療安全対策を実施していることを評価する項目に、「医療安全対策加算」があります。算定するための施設基準として、「医療安全管理者の配置」「定期的な院内巡回や医療安全対策に係る実施状況の評価」「業務改善計画書の作成」「週1回のカンファンレンスの開催」といった項目があり、組織的な取り組みを行うことが推進されています。
職員教育・研修の定期実施
職員教育・研修の定期実施は、医療事故を未然に防ぐための重要な取り組みのひとつです。ヒューマンエラーの多くは、知識不足や手順の理解不足に起因しており、職員の安全意識や判断力を高めることでリスクを大きく低減できます。
新人教育に加え、定期的なスキル確認やヒヤリ・ハット事例の共有を通じて、全職員が常に安全対策を意識できる環境を整えることが大切です。とくに医療現場では多職種が関わるため、チーム全体での理解と連携力の向上を意識していきましょう。
チェック体制の見直し・強化
チェック体制の見直しと強化は、医療現場におけるリスクの早期発見と的確な対応に直結する重要な施策です。薬剤投与前の確認や患者さんの取り違え防止など、業務ごとにチェックリストを導入することで、ヒューマンエラーの発生を抑える効果が期待できます。加えて、複数人によるダブルチェックや電子カルテの活用による情報共有の徹底も有効です。
ただし、確認作業が増えることで業務負荷が高まり、かえってミスを誘発する可能性もあります。外部コンサルなどと連携して、人が行うオペレーションをシンプルにすることも有効です。
労働環境の改善
医療事故を防ぐためには、医療従事者が心身ともに健康な状態で業務にあたれる労働環境の整備が不可欠です。長時間の時間外労働や残業の常態化は集中力や判断力の低下を招き、ヒューマンエラーの要因となります。
安全な医療提供の基盤づくりのためには、職員が安心して働ける環境整備が必要です。適切な勤務シフトの管理や休憩時間の確保、業務負担の分散などを検討しましょう。
外部専門家の活用
自院では見落としがちなリスクや課題を客観的に把握するためには、外部専門家の介入も必要です。医療安全コンサルタントやリスクマネジメントに精通した専門人材による現場診断、マニュアル整備、職員研修などの支援を受けることで、医療事故の未然防止につながります。
また、外部の知見を取り入れることで、院内に新たな気づきや改善への意識が生まれます。継続的な安全文化の醸成にも大きく貢献できるでしょう。
医療リスクマネジメント実践の5ステップ
医療リスクマネジメントを実践する際は、5ステップを意識してみてください。事前に確認しておくことで、スムーズに進められます。
1.リスクを特定・分析する
リスクマネジメントの第一歩として、医療現場に潜むリスクを洗い出し、発生頻度や影響度に基づいて分析しましょう。ヒヤリ・ハットや過去の事故報告、スタッフからの意見収集は、貴重な情報源です。
リスクを丁寧に特定・分析することで、対処すべき課題の優先順位が明確になり、的確な対策の立案が可能です。また、現場全体での情報共有や、リスク項目の定期的な見直しも欠かせません。
2.リスク対策を立案する
リスクの特定と分析が完了したら、次に行うべきは具体的な対策の立案です。リスクの発生を防ぐ予防策と、発生時の影響を最小限に抑える対応策の両面から検討しましょう。たとえば、標準手順の整備やスタッフ教育の強化、設備の見直しなどが挙げられます。
対策の内容は現場の実情に即し、実行可能であることが前提です。また、関係者全員が理解し、確実に実践できる内容であることが求められます。
3.リスク対策を実施する
立案したリスク対策は、現場で計画通りに、確実に実施することが重要です。医療現場では業務の多忙さやスタッフ間の認識の違いにより、対策が形骸化する恐れがあります。そのため、役割分担や進捗管理を明確にすることが重要です。
また、対策内容をマニュアル化し、全職員に周知することで現場への定着を図りましょう。必要に応じて研修を行い、理解と実践力を高める取り組みも有効です。
4.対策の効果を評価する
対策を実施した後は、その効果を客観的に評価することが不可欠です。具体的には、ヒヤリ・ハットの発生件数の推移、スタッフの対応状況、患者満足度などを指標として活用します。振り返ることで対策が有効だったか、あるいは改善が必要かどうかを把握できるでしょう。
また、現場の声も積極的に取り入れながら多角的に効果を検証します。必要に応じて速やかに見直しを行うことで、より実効性の高い対策につながります。
5.全体を見直し、継続的に改善する
リスクマネジメントは一度実施して終わりではなく、定期的な見直しと改善を継続することが重要です。医療現場の状況や人員体制、使用機器などは日々変化するため、過去に有効だった対策が現在も通用するとは限りません。
全体の結果を分析し改善点を洗い出すことで、より安全で実効性のある体制を構築できます。また、組織全体での振り返りや情報共有を習慣化することで、リスク感度の高い現場づくりを実現できるでしょう。
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