病院移転の流れと必要な手続きは?成功のポイントを経営者向けに解説
用地買収や既存の建物の老朽化などを理由に、病院の移転が必要なケースがあります。移転の際にどのような手続きや対応が必要であるか、お悩みの経営者さまも多いでしょう。今回は、病院移転に必要な手続きやスケジュールの立て方、患者さんや職員への周知方法、移転計画を円滑に進めるためのポイントを細部まで丁寧に解説します。
病院の「移転」と「新規開設」の違い
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 移転 | 当該保険医療機関等の移転先がこれまで受診していた患者の徒歩による日常生活圏域の範囲内にあるような場合(患者が引き続き診療を受けることが通常想定される場合) |
| 新規開設 | 上記の「移転」に該当しない場合 |
※関東信越厚生局管轄の場合のみ、2km以内が移転、2kmを超える場合は新規開設に該当
病院の移転は、今まで通っていた患者さんが移転後も引き続き診療を受けられることが前提です。移転先が、患者さんの徒歩による日常生活圏域の範囲にある場合、「移転」とみなされます。
対して、移転に該当しない場合は「新規開設」と判断され、同じ医療機関として継続的な保険診療を行うことができません。よって、病院の移転計画を立てる際には現在の所在地から移転先までの距離を意識することが重要です。
ただし、関東信越厚生局の管轄に該当する場合、2km以内であれば「移転」、2kmを超える場合は「新規開設」に該当します。
なお、移転・新規開設どちらの場合も、保険医療機関の指定を受けるための申請は必要ですが、「移転」の場合は例外的に「指定日を遡及して指定を受ける手続き」が取れます。
病院の移転が行われるケース
一般的に、病院側が自発的に移転計画を進めることは少ない傾向です。たとえば、現在の病院がある用地の買収など、やむを得ない事情で行われるケースもあります。
病院経営者の意思ではなく移転を迫られることもあるため、病院移転のおおまかな流れややるべき手続き、対応について全体像を知ったうえで、慎重に計画を進めましょう。
病院移転の流れ
・2.移転先探し・業者の選定と依頼
・3.移転スケジュールの決定
・4.期日に応じた各種申請・手続き
・5.職員への周知・移転先での新規採用計画
・6.入院患者さんの搬送計画
・7.医療機器や物品の搬送計画
・8.取引先・患者さんへの告知
・9.移転作業・移転先での開設
一般的な病院移転の流れは上記の通りです。ただし、状況によっては、順番が前後したり、いくつかの作業が並行して行われたりすることもあります。
1.基本構想・基本計画の策定
病院移転の第一歩として、基本構想や基本計画の策定を行います。移転後の経営が圧迫されることなく、確実に収益を確保できるかどうかを検討しましょう。移転に伴うコストや収益の予測を行い、移転計画の予算を組み立てる必要があります。
さらに、リスク管理やマーケティング戦略も考慮して、移転が経営に与える影響を最小限に抑えるための計画を立てることが求められます。地域の医療ニーズを踏まえた移転先の選定も、移転後の運営を円滑に進める上では重要です。
【医療機関経営者がやるべき主な対応】・現病院の課題や問題点と移転後に改善したい項目等を考える
・経営的な視点で収益予測を行う
・リスク評価を行い、対策案を準備する
2.移転先探し・業者の選定と依頼
移転計画が整ったら、実際の移転先や新しい病院の建設を依頼する業者の選定を行います。移転先の選定にあたっては、現病院から2kmの距離であることに加え、アクセスや周辺環境、交通の便などを総合的に考慮することが重要です。
また、設計業者や施工業者の選定も、施設の機能性やデザインに大きな影響を与えるため、慎重に行いましょう。土地の契約や建設費用の確認も不可欠で、予算内での調整を行いながら、自院に適した選択をする必要があります。
【医療機関経営者がやるべき主な対応】・建設業者、設計業者の選定と契約を行う
・予算を踏まえた土地の契約・建物の建設費用等の調整を行う
3.移転スケジュールの決定
移転作業をスムーズに進めるためには、移転スケジュールを詳細に作成することが不可欠です。スケジュールは、病院の移転計画全体の進行を左右します。遅延が発生すると患者さんやスタッフ、病院の収益に影響が出る可能性があるため、厳密な管理が必要です。
移転先での開院日を最終的なゴールとして、建物の建設に係る期間、医療機器や物品の移送にかかる期間、入院患者さんの搬送にかかる期間などを総合的に踏まえてスケジュールを作成しましょう。
各作業の期限や担当者を明確にし、進捗を定期的に確認することが重要です。一度スケジュールを決めても、作業が予定通りに進まず調整が必要になることも考えられます。過密すぎるスケジュールではなく、柔軟に対応できる体制を整えておくことも経営者の役割です。
【医療機関経営者がやるべき主な対応】・移転に関わる各作業に必要な期間を想定する
・調整が必要な場合も想定して、柔軟かつゆとりを持ったスケジュールを組む
4.期日に応じた各種申請・手続き
病院移転に伴い、さまざまな申請や手続きが必要です。それぞれ申請期限が決まっており、漏れなく実行することが求められます。
手続きの内容には、定款変更認可申請や移転登記申請、厚生局への施設基準の届出などが含まれます。期限を守らないと、移転に遅れが生じたり、病院の運営に支障をきたしたりする可能性があるため、計画的に手続きを進めてください。
【医療機関経営者がやるべき主な対応】・各申請の期限を把握し、余裕をもって提出する
5.職員への周知・移転先での新規採用計画
移転計画が決定した後は、既存の職員への周知が不可欠です。移転に対する不安や疑問を解消し、スタッフが新しい施設でスムーズに業務を行えるようサポートします。
また、移転場所によっては既存スタッフが退職する可能性もあり、人材の新規採用が発生することもあります。移転後の病院における採用活動も並行して進めましょう。
不足する職種とその職種に求めるスキル・技術を明確にし、新規採用の計画を立てて募集を開始します。経営者は、スタッフとのコミュニケーションを密にし、疑問などに明確に答えることも重要です。
【医療機関経営者がやるべき主な対応】・必要な人材を明確にし、新規採用の計画を立てる
6.入院患者さんの搬送計画
病院の移転に伴い、現在の病院に入院中の患者さんに対しての対応も必要です。患者さんの安全を最優先に、搬送方法や搬送ルート、手順、搬送にかかる時間などの詳細を慎重に決定する必要があります。
とくに、重篤な状態の患者さんについては、搬送中のトラブルを避けるため、各部門と連携して綿密な搬送計画が重要です。搬送作業においては、患者さんの状態に応じた配慮や、スタッフの配置、搬送後のケア体制などを整えておくことが求められます。
【医療機関経営者がやるべき主な対応】<・搬送方法、搬送ルート、手順、時間、担当者などを詳細に計画する
・搬送中に問題が発生しないよう、スタッフや機材を調整する
7.医療機器や物品の搬送計画
病院の移転において、医療機器や物品の搬送計画も重要な要素です。慎重に搬送業者と協力して行う必要があります。搬送スケジュールを作成し、搬送中の破損や紛失を防ぐために、細かいチェックも行いましょう。
また、機器が搬送先で正常に稼働するよう、設置作業の前準備を行うことも重要です。状況によっては、新規購入を検討する場合もあるため、必要な物品をリストアップし、予算に反映させることも忘れてはいけません。
【医療機関経営者がやるべき主な対応】・搬送業者を選定し、搬送する順番や搬送ルート、担当者などの計画を立てる
・必要な物品の新規購入を検討し、予算を確保する
8.取引先・患者さんへの告知
取引先や患者さんに対しても、病院移転に関する告知が必要です。取引先向けのお知らせや情報共有などを通じて、移転場所や移転日についてお知らせを行います。
患者さんに対しては、病院のWebサイトや院内掲示を使って、移転先の住所や診療開始日などの詳細情報を提供しましょう。すべての患者さんに病院移転の情報を伝えられるように、Google Mapで病院の所在地を修正したり、職員からのアナウンスを行ったりすることも並行して行います。
告知は早期に行い、患者さんが混乱しないよう、十分な説明を心がけましょう。
【医療機関経営者がやるべき主な対応】・職員からのアナウンスも行い、患者さんに移転情報が行き渡るようにする
9.移転作業・移転先での開設
移転日が近づくにつれて、スケジュールに沿って実際の移転作業を進めていきます。医療機器の搬送は専門業者に依頼することが多いため、業者と密に連携して作業を進めましょう。
新しい施設での開設準備として、診療環境の整備やスタッフの配置、システムの導入などが必要です。移転後の運営体制も確認し、患者さんに安心して利用していただけるよう配慮が求められます。
【医療機関経営者がやるべき主な対応】・移転作業の進捗管理と施設のチェック
・開設前のスタッフ配置や機器設置の確認
病院移転の際に必要な手続き一覧
病院を移転する際には、法的・行政的にさまざまな申請や届出が必要です。これらの手続きを適切に行わなければ、診療の継続や保険診療の取り扱いに支障が出る恐れがあるため、正確な準備が求められます。
定款変更認可申請
医療法人が病院を移転する場合、その所在地など法人の基本的な情報が変わるため、定款の内容を変更する必要があります。定款とは、法人の名称や所在地、事業目的、事業内容などを定めた規則であり、法人運営の基本となる重要な書類です。
手続きを怠ると法的トラブルの原因にもなりかねないため、法人の実態と登記情報は必ず一致させる必要があります。
地域によっては、申請を行ってから実際に認可を受けるまで1〜2カ月程度かかる場合もあるため、ゆとりを持った対応が必要です。
病院開設許可申請
移転を含めて、病院を新たな場所で開設して診療行為を行うには、事前に「病院開設許可申請」を行い、都道府県知事からの許可を受ける必要があります。病院の名称や所在地、建物の構造や設備などが、関係法令や基準に適合しているかどうかが審査対象です。
移転先で病院を開設する日までに申請が必要であり、地域ごとに異なる申請手数料がかかります。
移転登記申請
法人が病院を移転する際には、「事務所の所在地」を変更するための登記が必要です。
登記情報と実態に齟齬があると、行政手続きや契約関係で不利益を被る可能性があるほか、監督官庁からの指導対象になることもあります。
保険医療機関指定申請
病院を移転した後も引き続き保険診療を行うためには、厚生局へ「保険医療機関指定申請」を行う必要があります。移転完了後に、「保険医療機関指定申請」を行いましょう。
なお、「保険医療機関指定申請」は、病院を移転する場合、新規開設する場合どちらも必要な手続きです。「移転」の場合は例外的に、「指定日を遡及して指定を受ける手続き」が取れます。
※関東信越厚生局が管轄する場合のみ、2km以内で「移転」、2kmを超える場合は「新規開設」に該当。
公費負担医療等の指定申請
生活保護受給者や難病患者などの対象者に対して提供される「公費負担医療」は、病院の移転後も継続して提供するために、関係各所への指定申請が必要です。これらの制度は、医療費の一部または全額を公費で負担する仕組みであり、該当する患者さんの診療継続に直結します。
指定の有無により診療費の取り扱いが大きく変わるため、保険医療機関の指定とあわせて、所定の期限までに漏れなく申請することが重要です。
施設基準の届出
病院の移転後には、移転前の施設基準について再度管轄の厚生局へ届出を行う必要があります。移転後の届出を怠ると、保険医療機関が満たしている人員や設備といった施設基準の証明ができず、点数を正しく算定できなくなってしまいます。
病院の移転計画に伴うリスク
・移転開設後の収益が安定しない可能性もある
・各種申請・手続きには期限がある
・既存職員の退職により人手不足を招くこともある
・休診中の患者さん対応を明確にする必要がある
病院移転には多くの準備と調整が伴いますが、慎重に進めなければ経営や収益に大きなリスクをおよぼします。以下は、代表的なリスクと注意点の一例です。
スケジュール管理が収益に直結する
病院移転の際は、スケジュール管理が極めて重要です。移転計画や作業が中断・遅延して診療停止期間が長引くと、その間の診療報酬は一切得られません。
たとえば、旧病院の閉鎖から新病院での診療開始までに空白期間があると、その期間の収益はゼロとなり、経営に大きな打撃を与える恐れがあります。工事や申請の遅延などが原因でスケジュールが後ろ倒しになることもあるため、余裕のある計画と定期的な進捗管理が重要です。
移転開設後の収益が安定しない可能性もある
新病院への移転が完了し、スケジュール通りに診療を再開しても、すぐに安定した収益が見込めるとは限りません。移転によって患者さんの通院行動が変化し、他院へ流れるケースも少なくないためです。
既存の患者さんの来院が減ってしまうと、新たに移転先で認知を高めるために、より積極的な集患を行うことが求められます。集患がうまく進まないと経営を圧迫する可能性もあります。
移転直後の数カ月は、収益が不安定になる前提で資金繰りを計画しておきましょう。
各種申請・手続きには期限がある
病院移転には、定款変更認可申請や保険医療機関指定申請など、数多くの行政手続きが必要です。これらの手続きにはそれぞれ提出期限が定められており、申請が遅れると診療の開始に間に合わず、移転計画全体が滞るリスクがあります。
担当部門や専門家と連携し、事前に必要な手続きをリスト化して、スケジュールに沿って確実に処理することが重要です。
【各種申請・手続きの期限】| 名称 | 期限 |
|---|---|
| 定款変更認可申請 | 移転日よりも前(1〜2カ月程度) |
| 病院開設許可申請 | 病院の開設前 |
| 移転登記申請 | 診療を開始する前まで |
| 保険医療機関指定申請 | 移転後(診療開始後) |
| 公費負担医療の指定申請 | 診療を開始する前まで |
既存職員の退職により人手不足を招くこともある
病院の移転先によっては、通勤距離や家庭の事情などの問題から、既存職員が退職する可能性もあります。その場合、不足した人材を確保するために、新規の採用活動が必要です。
また、新規職員の採用が移転後の開院日より前に間に合わないと、人手不足を招きます。新規職員の採用にかかる時間、採用後の研修や教育に必要な時間、人手不足の可能性などを総合的に考慮して、移転前からの計画・行動が必要です。
休診中の患者さん対応を明確にする必要がある
病院の移転により一時的に休診期間が生じる場合、通院中の患者さんが継続して医療を受けられるようにする配慮が不可欠です。とくに、慢性疾患や定期的な処置が必要な患者さんに対しては、事前に状況を説明し、他の医療機関での受診を案内したり、紹介状を用意したりするなどの対応が求められます。
対応が不十分だと患者さんからの信頼を損ねるため、早い段階から丁寧な情報提供と代替案の提示を徹底しましょう。
病院の移転計画で失敗しないポイント【経営者向け】
病院の移転は、患者さんや職員、地域社会に大きな影響を与える重要な決断です。最後にトラブルを回避し、円滑な移転を実現するために、経営者が押さえておくべきポイントについて解説します。
スケジュール管理を徹底して円滑な移転を目指す
病院の移転において、スケジュール管理は成功のカギを握る重要な要素です。設計・施工、機器搬送、患者さんへの案内、スタッフ配置など、あらゆる工程において明確なタイムラインを設け、休診期間を最小限に抑えることが収益への影響を抑えます。
また、移転に伴う混乱を避けるためには、患者さんや職員への影響を想定し、余裕を持ったスケジューリングを行いましょう。
安全な搬送ができるようにリハーサルを行う
移転に際しては、入院患者さんや医療機器の安全な搬送が不可欠です。とくに、入院患者さんの移送は体調や病状への徹底した配慮が必要であり、医療スタッフの綿密な連携が求められます。
搬送ルートや時間帯、使用する車両などを事前に確認し、リハーサルを実施することで、本番でのトラブルを回避できるでしょう。患者さんの安心感を高めるためにも、スタッフ全員が共通認識を持ってリハーサルに臨むことが求められます。
経営面の課題については専門家に相談をする
病院移転には多額の費用とリスクが伴い、経営状況によっては大きな負担となることもあります。そのため、収支シミュレーションや財務分析を踏まえた計画が不可欠です。経営面に不安を感じる場合は、専門家の力を借りることをおすすめします。
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病院の移転には慎重かつ入念な計画が重要
病院の移転は、単なる建物の引越しではなく、今後の経営方針や地域医療との関係性を大きく左右する重要な意思決定です。計画段階から申請手続き、患者さんへの対応、搬送作業に至るまで、多岐にわたる対応が求められます。リスクを最小限に抑え、移転を成功させるには、綿密な計画と確かな実行力が経営者には必要です。
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